坂本 龍馬伝

最新情報

坂本龍馬 幕末歴史検定

2008年に放送されたHNKの大河ドラマ「篤姫」が大ヒット作となったことから、最近では幕末のブームが出てきています。
幕末の話と言えば男性のファンが多かったようですが、女性をメインとした構成だったと言う事もあり、篤姫は色々な世代や性別の人に受け入れられたのです。
今では、「歴史アイドル」などという言葉が登場するくらい、幕末の時代がブームとなっています。

そんな人気ぶりがあってなのか、「坂本龍馬 幕末歴史検定」と言うものが、2008年11月6日に登場しています。
主に坂本龍馬を中心とした時代の検定で、東京や京都、長崎など坂本龍馬のゆかりの地で行われたそうです。
歴史検定というものは考えられますが、坂本龍馬という個人に対して検定が行われたという事がとてもユニークです。それ程、幕末や坂本龍馬の人気が高まっている証拠なのでしょう。

2008年第一回目に行われた様子では、数多くの方が検定を受けに訪れ、坂本龍馬が本当に好きな人で埋め尽くされたようです。
そのムードはまさに「龍馬命」といったところです。

坂本龍馬に関する亀山社中という名前から取り、「全国龍馬社中」という所が主催したようです。
そこが運営している公式ホームページでは、検定を受けるための練習問題が掲載されています。実際にやってみると意外と難しく、坂本龍馬のファンでなければ知らない事も多くなっています。
しかし、実際には坂本龍馬ファンが検定を受けるのですから、龍馬の人生を詳しく知っていればそれ程難しいものではありません。

第2回目も開催される予定ですから、龍馬ファンなら是非受けてみましょう。
日程は2010年3月で、HNKの大河ドラマ「龍馬伝」が放送される時期と重なるため、ドラマを楽しみながら受けてみましょう。
「坂本龍馬 幕末歴史検定」を受けてみて、自分こそは龍馬ファンの第一人者だという事をアピールしてみましょう。
また、それ程詳しくない人でも、一つ一つ調べてみるのも楽しいと思います。

タグ

2009年12月 7日|

カテゴリー:坂本龍馬 エピソード

篤姫の玉木宏が演じた坂本龍馬

記憶に新しいところで、HNKの大河ドラマの大ヒットになったのが「篤姫」です。女性のファンも多く、幅広い方が大河ドラマにはまったようです。
そのドラマにも坂本龍馬が登場する場面があるのですが、龍馬を演じたのが俳優の玉木宏さんでした。

坂本龍馬は歴史上でも偉大な人物ですから、彼が演じる他にも数多くの役者さんが役をつとめてきました。
篤姫では玉木宏さんでしたが、それぞれ演じる俳優さんによって多少違ってくるため、彼の演じた坂本龍馬がどのようなものだったのかとても興味がそそられます。

篤姫というドラマ自体がとても人気のある作品でしたから、坂本龍馬の役どころを見るだけでなく、篤姫の人生を見てみるのもまた楽しいものです。


玉木宏は坂本龍馬を演じるにあたって、「坂本龍馬を演じる事が出来てすごく嬉しい」、「楽しみながら撮影をしたい」などとコメントしたそうです。今までは玉木宏と言えば優等生的な役が多かったのですが、このドラマの坂本龍馬を演じる玉木宏は新しく違ったイメージを見る事が出来ます。とても凛々しく勇敢で、目に力があるようなそんな雰囲気を感じさせてくれます。

玉木宏は「のだめカンタービレ」というドラマの出演から人気が出た俳優ですが、最近では多くのドラマやCM、映画など色々な作品にも登場し、男らしくクールな印象を持っています。テレビで見ない日は無いと言っても良いほど、玉木宏を多く見かけます。
そんな人気ぶりの玉木宏ですから、篤姫にあまり興味が無い人でも、彼の坂本龍馬を見てみたいと思うのではないでしょうか。

タグ

2009年12月 2日|

カテゴリー:福山雅治 坂本龍馬

坂本龍馬とフリーメイソン

フリーメイソンは、イギリスで行われていた男性のみの秘密結社の事です。
会員同士の親睦を目的とした団体で、イギリスだけでなく世界中でも存在していたと言われています。
また、「フリーメイソン」とはその秘密結社の会員である個人の事を現す事も多かったようです。

フリーメイソンと坂本龍馬との関係は、龍馬自身も会員だったのではないかという説があります。確かな情報が無いため、事実は不明ですが坂本龍馬が武器を入手する先が、イギリスの武器商人であるメイソンからだったと言われているからです。
その入手先のメイソンはグラバーだったのではないかという説があり、実際にグラバーが住んでいた家にはフリーメイソンの印があるそうです。しかし、それだけでは確かな根拠とは言えないのです。

坂本龍馬がフリーメイソンだったと言われているのが、グラバーがフリーメイソンだったからという理由です。
その真相は判明しておらず、フリーメイソンではなかったという説も出ています。

フリーメイソンの教えは寛大だったようで、世界中の人々の差別をなくし、不幸な人を手助けする団体だったようです。
その考えは、世界を見据えていた坂本龍馬にも影響力があったと考えられています。
坂本龍馬がフリーメイソンだったと言う根拠は何所にも無いのですが、どちらの場合でも何らかの関わりを持っていたのかも知れませんね。

タグ

2009年12月 1日|

カテゴリー:坂本龍馬 年表

坂本龍馬の薩長同盟

坂本龍馬の歴史気中の大きな功績に「薩長同盟」があります。
これは1866年に薩摩藩と長州藩との間に交わされたもので、政治や軍事などを目的として同盟を組んだのです。
当時の薩摩藩と長州藩は犬猿の仲とも言われていましたから、同盟を結ぶまでいたったのは坂本龍馬の働きかけがあったからです。
また、「薩長盟約」「薩長連合」と呼ばれる事もあるようです。

当時の幕末では、薩摩藩と長州藩は、大きな影響力を持っており、互いに強い影響力がありました。
幾つかの点において共通する部分はあったものの、薩摩藩が長州藩を追放したという事件から敵対心を持つようになります。
お互いに敵対心を持っていた2つの藩がなぜ同盟を結ぶまでにいたったかと言うと、土佐藩を脱藩した坂本龍馬が設立した亀山社中という会社において、薩摩藩と長州藩の斡旋を行ったからです。
最終的には討幕運動に協力する6カ条を打ち立て、2つの藩を同盟するにいたったようです。
しかし、同盟を行うには様々な経緯があり、やっと行われたという事です。
同盟を結んだ当事の会談の出席者は、坂本龍馬の他には、西郷隆盛、大久保利通、小松清廉、長州藩の木戸孝允などが居たといいます。

このように坂本龍馬は影で薩長同盟を作り上げた人物でもあり、薩摩藩と長州藩が同盟を結んだ背景に欠かせないのです。
表立って行動するのではなく、影で動きながらもしっかりと結果を生み出すところがさすが坂本龍馬と言えますね。

タグ

2009年11月26日|

カテゴリー:坂本龍馬 年表

おーい!竜馬

坂本龍馬の話をより簡単に読みたいなら、武田鉄也原作で小山ゆう原作漫画「おーい!竜馬」が良いでしょう。

坂本龍馬のファンである武田鉄也さんが原作ですから、坂本龍馬の視点で書かれ、とてもよい作品になっています。
幕末などの時代物があまり好きではない人でも、漫画形式になってしますし、読みやすいのではないでしょうか。

小説とは違って漫画になっていますから、当時の描写が絵で見る事ができ、殺されるシーンなんかもあってちょっと残酷ですが、リアリティーがあります。

当時の人たちの心理描写がうまく、当時の底辺で生きていた貧しい人たちの心情も見て取る事ができます。
漫画は長編となっていますが、それぞれの心理描写が引き込まれ、読んでいても飽きない作品になっています。


この漫画はあくまでもフィクションで独自の内容も盛り込んでいますが、土佐藩の身分格差、内政、坂本龍馬に関わった人たち、その時代に生きていた他の人たちなども登場し、歴史に起こった事実も幾つか含まれています。
しかし、あくまでも漫画という物語として読み進んで行った方が、楽しめるものになると思います。

この作品の内容に触れて、歴史に興味を持った人たちが、実際はどうだったのだろうと興味を持って調べる姿も想像できます。
歴史となるとちょっと抵抗がある人も多いのでしょうが、漫画と言う世界から入ると言う方法もあるのです。

結構人が残酷に殺されるシーンが多く、あまり小さな子供には向いていませんが、この時代の避けられない事実でもありますから、そのままの様子を伝える事も必要かも知れません。あえてこの漫画を読ませるなら高学年以降が良いでしょう。

この作品は坂本龍馬をはじめ、岡田以蔵、武市半平太、高杉晋作など色々な有名人物も登場してきますから、坂本龍馬の時代背景の一つの話として読んでみてはどうでしょうか。時代背景なども分かりやすく、初めて坂本龍馬の本を読む人にも進められます。

お~い!竜馬 (1) (小学館文庫)
お~い!竜馬 (1) (小学館文庫)
おすすめ平均
stars「龍馬漫画」の最高峰はこれでしょうね。
stars青春漫画として良作
starsありがとう、竜馬!
stars竜馬誕生

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

タグ

2009年11月23日|

カテゴリー:坂本龍馬 本

竜馬がゆく

坂本龍馬を知ったきっかけは、司馬遼太郎が書いた「竜馬がゆく」という人も多いと思います。
この作品は、坂本龍馬を一躍人気者にした作品とも言え、坂本龍馬の作品の中でもこの「竜馬がゆく」がトップを占めています。

司馬遼太郎の作品の中でも、「竜馬がゆく」が代表作と言えるのではないでしょうか。
また、司馬遼太郎は幕末の時代の事を題材にした作品はいくつかあるようですが、「竜馬がゆく」は幕末の作品でも最初に書かれたものだと言います。

幕末の当時の様子は、様々な人物、政治など色々な世界がありますが、この作品で全てが分かると言っても良いほど、坂本龍馬はこの時代の中心人物だったのでしょう。
作品では、寺田屋事件、池田屋事件、大政奉還、禁門の変など、坂本龍馬が関連している事柄が登場しており、それらの事柄を詳しく知るために作品を利用しても良いでしょう。それくらい明確に登場していると言う事です。


このように、「竜馬がゆく」は坂本龍馬の生涯を描いた作品となっていますが、竜馬の1日1日を日々追いかけていくだけで、自然と色々な当時の事柄にぶつかっていくのです。そのため、作品の内容も充実し、幕末の様子を詳細に描く事が出来ています。
また、坂本龍馬だけでなく、幕末で重要だと言われる人物である、勝海舟、西郷隆盛、桂小五郎、松平春獄なども登場し、作品として大変面白いつくりになっています。
坂本龍馬だけでなく、様々な人物も作品を彩る為に重要です。

作品には、坂本龍馬の色々な考えなどを見る事ができ、当時の政治的な事柄などを含んでいますが、読み手にも分かりやすく、まるでドラマを見ているかのようなストーリーで読み手を惹きつけています。
内容は実際に起きた事と重なっている点も多く、坂本龍馬を一躍人気者とした作品と言えるでしょう。

竜馬がゆく〈1〉 (文春文庫)
竜馬がゆく〈1〉 (文春文庫)
おすすめ平均
starsノーブレスオブリージュ
stars大活劇の序章
stars竜馬の器の大きさにぐいぐいと引き込まれる稀有な感覚を体験することができる
starsおもしろい
starsあこがれ

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

タグ

2009年11月22日|

カテゴリー:坂本龍馬 本

坂本龍馬記念館

高知の桂浜には坂本龍馬の像がありますが、坂本龍馬記念館も建てられています。
建てられたのは1991年のことで、像よりも新しく、まだ20年も経っていません。しかし、開館するより6年も前から、坂本龍馬記念館の話はあった様で、1985年の当時に坂本龍馬の生誕150年を記念して話が持ち上がったのが始まりとなっています。

桂浜にある坂本龍馬の像は青年達の募金活動によって作られたものですが、記念館も同様に募金活動によって作られたものです。そのため、記念館の話が持ち上がってから6年の歳月を経過して、建てられる事となったのでしょう。当時は色々と苦労されたそうです。
募金による資金を集めるためには、様々なイベントを催し、1991年にやっと資金が集まって開館する事が出来たのです。大変な苦労がありながらも開館することが出来たのですから、坂本龍馬への情熱が伝わってくるようです。

坂本龍馬の像のように、凛とした姿の蝋人形を、記念館入り口で見る事が出来ます。視線は世界を見つめているようで、近代的な建物にも関わらず、新しい事に常に目を向けていた龍馬の姿は違和感がありません。
館内には、龍馬の愛用していた刀、ピストル、写真、龍馬に関係していた人物の事や資料などが展示されています。
坂本龍馬の記念となるグッズも売られていますから、ファンなら一度は訪れて見たい場所です。龍馬の人生に触れ、当時の様子を見つめてみるのも良いでしょう。

タグ

2009年11月20日|

カテゴリー:坂本龍馬 ゆかりの地

坂本龍馬と亀山社中・花月

坂本龍馬の話が出てくると「亀山社中」という言葉が良く出てきます。
坂本龍馬が設立したという事は分かりますが、一体どういった団体なのか分からない人も多いでしょう。
簡単に説明すれば、日本で始めて作られた会社という事です。
亀山社中の創立は1865年の事、長崎の小曽根家の強力を得て作られたそうです。小曽根家は今で言うスポンサーのような立場だったと言われています。

亀山社中の設立者は坂本龍馬ですが、勝海舟が設立した神戸海軍操練所の同士達と一緒に設立しています。
神戸海軍操練所は設立当時既に閉鎖され、仲間達はバラバラとなっていたのを、坂本龍馬によって集められたと言われています。

亀山社中は会社として設立されていたのですから、当然仕事がありますが、表の顔と裏の顔があったようです。
表の顔では、武器や軍艦を斡旋する仕事ですが、裏の顔は薩摩藩という名前で武器などを購入し、それを長州藩に売るという仕事をしていたそうです。当時薩摩藩と長州藩は犬猿の仲とも言われていましたから、その裏の仕事が「薩長同盟」のきっかけとなったのです。

また、亀山社中と同様、坂本龍馬を語る上で欠かせないのが料亭の「花月」です。
亀山社中の人々は、料亭の花月に通っていたと言われており、食事やお酒などを楽しむ青春の場でもあったのです。
花月では、坂本龍馬は酔った勢いで斬りつけたと言われている、柱が現在でも残っています。
現在の花月は文化財に指定されていますが、当時は吉原のように遊里の一つだったのです。

タグ

2009年11月19日|

カテゴリー:坂本龍馬 ゆかりの地

坂本龍馬の銅像の右手

坂本龍馬の像は桂浜と長崎2箇所に存在しています。桂浜の像は昭和3年に建造されたものですが、長崎の像は平成に入ってから建造された比較的新しいものです。
平成元年に建造され、像の大きさは地面から5mほどの大きさです。桂浜の像は地面から13mですから、桂浜の方が大きく迫力があります。

長崎の像は腕を組んだ坂本龍馬が立っているもので、世界を見つめているかのような堂々とした姿となっています。
桂浜は高知県の土佐にある像ですが、一度亀裂が入り現在では修復された像の様子を見る事が出来ます。
右手を懐に入れ立っており、長崎の像と同様凛々しい顔つきが見て取れる銅像となっています。

この像でもそうですが、坂本龍馬の残っている写真では、片手を隠したような形のものが多いと言われています。
桂浜の像も右手を隠している事から、手に何か持っていて隠しているのではないか?という説があります。

では、右手に持っている物は何かという説を幾つか紹介したいと思います。

一つ目は、右手に護身用のピストルを持っているのではないかという説です。
二つ目は、「万国公法」を持ち隠しているのではないかという説です。
三つ目は、懐中時計を持っており、それを隠しているのではないかという説です。
四つ目は、右手に赤い痣があり、それを隠すために手を自然と隠してしまっているのではないかという説です。

どの説が正しいかは良く分かっていませんが、ピストルを隠しているのではないかという説が有力だと言われています。
銅像を見たり、色々な写真を見たりして、どのような物が隠されているか想像してみるのも楽しいと思います。

タグ

2009年11月17日|

カテゴリー:坂本龍馬 ゆかりの地

大河ドラマ「龍馬伝」の岩崎弥太郎

2010年に放送されるNHK大河ドラマは「龍馬伝」というもので、坂本龍馬の生涯を描いたものです。
このドラマは坂本龍馬自身の視点ではなく、当時の経済人であった岩崎弥太郎の視点で描かれたドラマとなっています。

では、岩崎弥太郎という人物を紹介したいと思います。
岩崎弥太郎は「海援隊」の経理を担当していた人でした。
海援隊は元々勝海舟が設立した「亀山社中」という名前でしたが、坂本龍馬が脱藩した後に「海援隊」と名前を変え龍馬が隊長となったのです。

岩崎弥太郎は、坂本龍馬と同様土佐藩の出身であり、お互いを知る事となります。
岩崎弥太郎の活躍は、1867年の「いろは丸事件」において発揮されています。この事件で坂本龍馬は「損害賠償談判」を提起したのですが、同じ土佐藩の岩崎弥太郎と後藤象二郎が坂本龍馬を加勢して、最終的には8万3000両というお金を支払わせたのです。

この金額は、当時のお金でも相当な額だったそうです。
また、岩崎弥太郎は坂本龍馬が暗殺された後、海援隊を「三菱商会」と名前を改めて創立した人でもあります。
三菱商会は岩崎弥太郎が個人で経営した企業で、岩崎弥太郎の死後、1885年には「日本郵船」として新たに設立されています。
今では多くの人が知っている「三菱」こそが、岩崎弥太郎が設立した三菱商会だったのです。

タグ

2009年11月16日|

カテゴリー:福山雅治 坂本龍馬